「遺相ろの身分で私に意見する資格なんてないでしょう」――その言葉と同時に、実の息子の家で、私の頬に鋭い痛みが走りました。68歳の私は、ただ嫁の新しく買った30万円のブランドバッグを心配して「家計は大丈夫なの?」と尋ねただけでした。なのに、彼女は思い切り私を平手打ちしたのです。リビングには夫も息子もいましたが、二人とも何も言いませんでした。それどころか息子は「母さん、えりに謝れよ」と冷たく言い…
「遺相ろの身分で私に意見する資格なんてないでしょう。」 その言葉と同時に、鋭い痛みが私の頬を襲いました。68歳の私は、実の息子の家で、嫁に平手打ちをされたのです。 夕食後、私はただ心配で尋ねただけでした。嫁のえりが買ってきた高級ブランドバッグ、それが30万円もするものだと知って、家計は大丈夫なのかと。それだけのことでした。 しかし、えりは突然立ち上がると、私の頬を思い切り打ちました。リビングには夫の秀夫も息子の竜二もいました。しかし、二人とも何も言いません。竜二に至っては、まるで当然のことのようにえりの肩を抱いていました。 42年間、すべてを捧げてきた母親が受ける扱いではありませんでした。 私たち夫婦がこの家に同居し始めたのは、一年前のことです。秀夫が心臓の病気で倒れ、療養が必要になったからでした。竜二とえりは快く同居を申し出てくれたのです。 「お母さん、お父さん、これからは私たちが面倒を見させていただきますから」 あの時のえりの優しい言葉を、私は今でも覚えています。しかし、同居してわずか三ヶ月で、えりの態度は変わり始めました。 最初は些細なことでした。味付けへの文句、掃除の仕方への小言。それが日に日にエスカレートし、私は完全に邪魔者扱いされるようになりました。 朝は五時に起きなければなりません。えりから、朝食は六時半きっかりに出すよう命じられているからです。一分でも遅れれば、「この役立たず、時間を守れないなんて認知症じゃないの」と罵声が飛んできます。 朝食を準備しながら洗濯機を回し、お弁当を作ります。えりの好みは日替わりで変わるため、毎朝必死に献立を考えなければなりません。 「お母さん、今日の味噌汁、また薄いわね。何度言えば分かるの? 昨日は濃いって言われたから? 言い訳しないで。本当に使えない人ね」 朝食が終われば後片付けが待っています。食器を洗い、テーブルを拭き、床を掃除します。その間もえりの監視の目が光っています。夫婦が出勤した後は、えりから渡された「やることリスト」が待っています。掃除、洗濯、アイロンがけ、買い物、夕食の下ごしらえ。全部終わったら写真を撮って送ること。サボったらすぐ分かるから、と言われていました。 最も辛かったのは、夫の秀夫が囚人のように扱われることでした。えりは、病気の秀夫に「リビングに降りてくると迷惑」と言い放ち、秀夫は小さくなって部屋にこもるようになりました。 「せつ子、俺たち本当にここにいていいのかな?」 「大丈夫よ。竜二が私たちを見てくれるって言ったんだから」 そう答えながらも、私の心は不安でいっぱいでした。 夕方六時、えりが帰宅すると本当の地獄が始まります。 「お母さん、また床に埃が残ってるじゃない」 えりは膝をついて指で床を撫で、かすかな埃を指先に載せて見せます。私は朝と昼の二回、丁寧に掃除したはずなのに。 「本当に老けたね。若い時はもっとちゃんとできたんじゃないの?」 「老けた」という言葉が、鋭い刃物のように私の心を切り裂きます。 夕食の支度も気が抜けません。えりは私の作る料理に必ず難癖をつけます。 「この肉、硬いわね。ちゃんと処理したの? お母さんの料理って本当にセンスないわよね。私の実家の母ならもっと美味しく作れるのに」 隣で食事している竜二は何も言いません。むしろ、えりに同調するような態度を取りました。 「確かに、最近母さんの料理、腕が落ちたかもな」 息子のその一言が、私の心を深く傷つけました。 ある日の夜、私は信じられない会話を聞いてしまいました。廊下で、えりが竜二に言っていたのです。 「ねえ、あなた、お母さんたち、いつまでここにいるつもりなの?」 「え、でも母さんたちの面倒を見るって言ったじゃないか」 「そうは言ったけど、こんなに使えないとは思わなかったわ。早く死んでくれないかしら」 私はその場にへたり込みそうになりました。息子の嫁が、私に死んでほしいと願っている。そんな言葉を聞いてしまったのです。 翌朝、えりは秀夫の部屋に入っていきました。私が後を追うと、えりが秀夫に向かって冷たく言い放っているところでした。 「お父さん、病院の付き添いくらい自分でできるでしょう。お母さんも忙しいんだから。一人で不安だとか、甘えないでください。うちの父はもっと重い病気でも一人で通院してましたから」 秀夫の顔が青ざめていくのが分かりました。 そして最も許せなかったのは、竜二の変わりようでした。 「母さん、えりの言うことはちゃんと聞いてよ。俺たちも仕事で疲れてるんだから」 「でも竜二、お母さんも朝から晩まで働いてるのよ」 「文句を言うなら、出て行ってもいいんだよ」 子供の口から出たその言葉に、私は凍りつきました。42年間、すべてを捧げてきた息子が、母親に向かって「出て行ってもいい」と言うのです。 えりは私たちを完全にお荷物扱いするようになりました。 「お母さんたちがいなければ、もっと広い部屋が使えるのに。食費もバカにならないわよね。年金暮らしのくせに。正直、邪魔なのよ」 私たちはまるで存在してはいけない人間のように扱われていました。食事も別々にされ、リビングの使用も制限され、まるで囚人のような生活でした。 あの運命の夜、すべてはえりの無駄遣いから始まりました。 夕食後、えりはリビングで新しいブランドバッグを嬉しそうに眺めていました。値札を見た私は思わず息を飲みました。30万円。それは私たち夫婦の年金二ヶ月分に相当する金額でした。 「えりさん、そのバッグ、素敵ですね。でも、少し高価じゃないですか? 家計は大丈夫なの?」 その瞬間、えりの表情が一変しました。美しかった顔が、鬼のような形相に変わったのです。 「お母さん、私のお金の使い方に口を出す権利があると思ってるの?」 「いえ、そういうわけでは。ただ心配で」 「笑わせないで」 えりは立ち上がり、私の前に仁王立ちになりました。 … Read more