「お母さんは立ち入り禁止です。もう帰ってください」…
「お母さんは立ち入り禁止です。もう帰ってください」 その冷たい言葉に、私は自分の耳を疑った。初孫の誕生を知らせてもらったあの日から、私はこの瞬間をどれほど待ち望んでいたことか。朝早くから準備した手作りの離乳食、心を込めて選んだおもちゃ。それらを抱えて、期待で胸を膨らませながら息子の家の前に立っていた私を、玄関で出迎えた嫁のみさ子の表情は、まるで押し売りの訪問販売員でも見るかのようだった。 「あの……赤ちゃんに会わせてもらえないかしら」 震える声で尋ねると、みさ子は眉をひそめた。奥から赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。その小さな命の声が、私の胸を強く締め付けた。 「とや、お母さんが来てるわよ」 みさ子が振り返って夫を呼ぶ。ようやく姿を見せた息子の顔にも、歓迎の色は微塵もなかった。 「母さん、今は本当に忙しいんだ。また今度にしてくれないか」 とやの言葉は、よそ行きの営業トークのようだった。私がこの家の頭金として一千五百万円を出したことなど、もうすっかり忘れ去られているのだろうか。 ドアが静かに、しかし決定的に閉められた瞬間、私の心の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。 門前払いを受けた私は、とぼとぼと自宅に帰った。空っぽの部屋に戻ると、壁に飾られた家族写真が目に入る。とやが幼い頃、私の膝の上で無邪気に笑っている写真。あの頃の純粋な顔は、もうどこにもない。 夫が他界してから五年。私はとやのために全てを捧げてきた。結婚資金として五百万円。新居の頭金として一千五百万円。教師として働いてきた退職金の大半を、息子の幸せのために使った。 「お母さん、本当にありがとう。一生大切にするよ」 あの時にとやが言った言葉が、今も耳に残っている。しかし現実は、私が金を出した家から締め出される始末だ。 翌日、その次の日も、私は諦めきれずに息子の家を尋ねた。せめて窓からでも孫の顔が見られないかと思って。しかしカーテンは固く閉ざされ、インターホンを押しても応答はない。 三度目の訪問の時、偶然にもみさ子が買い物から帰ってくるところに出くわした。 「まだいらしたんですか? 近所の目もありますから、あまり頻繁に来られても困るんです」 まるで私が押し売りか何かであるかのような口調に、胸が痛んだ。 「たった一度でいいの。孫の顔を見せてもらえないかしら」 私の懇願に、みさ子は薄く笑った。 「赤ちゃんは今、大事な時期なんです。知らない人に合わせるわけにはいきません」 知らない人。祖母である私が、知らない人扱いされている現実に、涙がこぼれそうになった。 それから一ヶ月が過ぎた。私は諦めきれず、週に一度は息子の家を尋ねていた。雨の日も風の強い日も、孫に会いたい一心で通い続けた。しかし迎えてくれるのは、常に冷たい拒絶だけだった。 ある土曜日の午後、私は手編みのベビー服を持って訪問した。朝から編み上げた小さな帽子とミトンのセット。一つ一つに孫への愛情を込めた。インターホンを押すと、いつものようにみさ子の不機嫌な声が響く。 「また来たんですか? 本当にしつこいですね」 「お願い。ほんの少しだけでも」 「お母さん、はっきり言いますけど、迷惑なんです。とやも同じ気持ちですから」 その時、背後でとやの声が聞こえた。 「みさ子、誰?」 「お母さんよ。また来たの?」 しばらくの沈黙の後、とやがインターホン越しに話しかけてきた。 「母さん、悪いけど今日も無理なんだ。みさ子が嫌がってるし、僕も仕事で疲れてるから」 息子の言葉に、私の心は凍りついた。みさ子が嫌がっているから会えない。まるで私が厄介ものでしかないような扱い。怒りと悲しみが込み上げてきた。あの子を育てるために、どれだけの苦労をしてきたことか。夜中の発熱で病院に駆け込んだ日々。受験勉強で一緒に徹夜した思い出。全てがなかったことにされているようだった。 数日後、私はとやの携帯に電話をかけた。せめて写真だけでも送ってもらえないかと頼むためだ。 「母さん、何度も言うけど、みさ子が神経質になってるんだ。赤ちゃんの世話で大変なのに、母さんまで相手にする余裕はないんだよ」 「でもとや、私は祖母なのよ。孫に会う権利くらいあるでしょう」 「権利? 母さん、そんな言い方はやめてくれ。うちにはうちのやり方があるんだ」 「とや、お母さんは……」 「もういいよ、母さん。こっちも限界なんだ。しばらく連絡しないでくれ」 電話は一方的に切られた。私の手は震え、涙が頬を伝った。電話を置いた手が、しばらく動かなかった。 その後も私は諦めず、時々息子の家の近くを通りかかるようにしていた。せめて窓から漏れる赤ちゃんの泣き声だけでも聞きたかった。ある日の夕方、偶然にも庭で洗濯物を取り込んでいるみさ子を見かけた。ベビー服が風に揺れているのを見て、胸が締め付けられた。思い切って声をかけると、彼女は露骨に嫌な顔をした。 「お母さん、ストーカーみたいな真似はやめてください」 「ストーカー? 私はただ孫の顔が……」 「だからそれが迷惑だって言ってるんです。私たちにも生活があるんですから」 「みさ子さん、一度だけでいいから。抱っこしなくても、顔を見るだけでも」 「何度言えば分かるんですか?」 みさ子の声が急に大きくなった。近所の人が振り返るほどの大声だった。その時、家の中から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。私は思わず庭に一歩踏み込もうとしたが、みさ子に強く制止された。 「勝手に入らないでください。警察呼びますよ」 警察。まさか実の息子の家で、そんな脅しを受けるとは思わなかった。私は力なく踵を返した。背中にみさ子の冷たい視線を感じながら、重い足取りで歩いた。 二週間後、私はとやの誕生日に合わせてもう一度訪問することにした。三十八年前の今日、私はあの子を産んだ。陣痛に耐えながら、ようやく生まれてきた。息子の好物だった手作りケーキを焼き、これなら受け取ってくれるかもしれないと期待していた。チョコレートケーキの上には、三十八本のロウソクを立てられるように飾りつけた。しかし、インターホンに出たみさ子の反応は、今までで最も冷たいものだった。 「お母さん、いい加減にしてください。私たち、本当に迷惑してるんです」 「今日はとやの誕生日だから」 … Read more