会議室のドアを開けた瞬間、空気が凍りついた。テーブルの上には、俺が何ヶ月もかけてようやく成立させた四十億の契約書。それが、山下と名乗る男の手で、ばりばりと無残に引き裂かれていく。「そんなゴミ、いらないだろう。なんでお前らはそんなに驚いてるんだ」担当の香川さんが「契約書をゴミだなんて!」と叫ぶが、山下課長は彼の襟元を掴み上げ「お前もゴミみたいな目してるのか?父さんに言って首にしてもらうぞ」と吐…
「そんなゴミ、いらないだろう。なんでお前らはそんなに驚いてるんだ」 会議室の空気が一瞬で凍りついた。テーブルの上には、さっきまで俺が必死にアピールして、ようやく成立させた四十億の契約書があった。それが今、山下と名乗る男の手で、ばりばりと無残に引き裂かれている。 「契約書をゴミだなんて、何を言ってるんですか!」 香川さんが声を上げる。さっきまで俺たちの製品を「素晴らしい」と褒めてくれていた担当者だ。しかし、彼の上司らしい山下課長は、鼻で笑いながら香川さんの襟元を掴み上げた。 「お前の目は節穴か? こんな底辺企業のゴミみたいな製品が、うちの会社にふさわしいわけないだろう。それともお前もゴミみたいな目と頭してるってのか? 父さんに言って首にしてもらうぞ」 俺は、地面に散らばった契約書の切れ端を拾い集めながら、ただ黙ってその光景を見ていた。俺は木村秀、三十七歳。木村工業という父の会社で働いている。 中学を卒業してすぐに、この会社に入った。まだ学生だった頃、父の会社の経営はうまくいっていなくて、学費を払うお金すら惜しかった。俺は家のために働きたいと思って、社員になることを選んだ。両親は「高校にすら行かせてやれなくてごめん」と言ったけれど、俺はずっと父の後を継ぎたいと思っていたから、後悔はなかった。 そして、みんなで必死に働いたおかげで、経営は右肩上がりになった。昔と比べて会社は大きくなり、学歴がなくても問題ないと思っていた。俺の予想に反して、面倒なことが起きるまでは。 今回、俺は新製品を山下製品という会社に売ろうとしていた。この製品はうちの会社の自信作で、これからの時代にぴったりのものだった。だから、取引は絶対に成功すると思っていたし、香川さんの反応も良かった。契約が成立した時は、心から安堵のため息をついたものだ。 なのに、この山下という男が現れて、すべてを台無しにした。 「契約書ゴミだなんて、失礼ですよ!」 香川さんが必死に抗議する。しかし、山下さんはまったく悪びれずに、こちらを振り返ると、勝ち誇ったように笑った。 「お前、どうせ高卒とかじゃないんだろ? 底辺企業で働いてる奴は、みんな低学歴なんだよ。猿みたいな知能の奴らばかりで、大変そうだな」 「課長、そんな言い方は…」 「本当のことだろ。それとも、この俺が間違ったことを言うとでも?」 もう反論できなかった。こいつは、この会社の社長の息子だから、ここまで強気でいられるんだ。俺は小さく、気づかれないようにため息をついた。 「で、どこの高校なんだ?」と山下さんは続けた。「きっと聞いても分からないようなところなんだろうけど、教えてみろよ」 嘘をついて後でバレるのは面倒だと思い、俺は正直に答えた。「中卒です」 すると、山下さんは目を大きく見開いて、大声で笑い出した。「嘘だろ? 初めて見たよ、そんな底辺野郎」 「底辺企業の中卒と契約はないだろう」そう言って、彼は持っていた契約書を破り捨てた。大切な書類が、ひらひらと地面に舞い落ちる。香川さんは「何をしているんですか!」と叫んでいたが、山下さんはまったく聞く耳を持たなかった。 「なんでお前らはそんなに驚いてるんだ。こんなゴミはいらないだろう」 「契約書をゴミだなんて…」 「そうだよ。こんなことしたら、うちの会社が中卒のいる底辺企業と一緒ってことになるだろう。バカなことを考えるなよ」 香川さんは「でも、木村さんの製品はとても素晴らしく…」と言いかけたが、山下さんに胸ぐらを掴まれて、黙るしかなかった。俺たちの製品をちゃんと評価してくれている人なのに、権力には逆らえないらしい。 香川さんが目で「すみません」と言っているように見えた。こんな横暴で勝手な男がいるなら、仕方ない。俺はもう一度ため息をついて、言った。 「分かりました。契約はなかったことにします」 破れた資料をすべて拾い集め、俺は山下製品の会社を出ていった。その時、山下さんは「もう二度と底辺がこのビルに足を踏み入れるなよ」と言って笑っていた。 俺は「分かりました」と答えた後、心の中で誓った。絶対に後悔させてやる、と。 それから数日後、俺が忙しく働いていると、会社に一本の電話がかかってきた。社員が電話に出て、俺を呼んでいるらしい。すぐに受話器を取ると、耳をつんざくような怒鳴り声が飛び込んできた。 「お前、何をしたんだ!」 俺は眉間にしわを寄せて、受話器を耳から遠ざけた。怒号が収まった後、「何のつもりですか、山下さん?」と聞いた。 電話の相手は、あの日、契約書を破り捨てて俺を追い出した山下製品の山下さんだった。どうやら、文句があるらしいが、何が言いたいのかさっぱり分からない。 「さっき、香川からライバル社の新商品がバカ売れしているって聞かされたんだ」 どうやら、山下製品のライバル会社である「色々物販」という会社が新商品を出したらしい。それがSNSでも話題になるほど人気商品になったそうで、山下製品の社内は大騒ぎになっているという。色々調べたら、その製品が俺の会社で生産されたものだということが判明したらしい。だから、俺に電話をかけてきたというわけだ。 それは、全部山下さんが悪い。数日前、俺が契約しに行ったのは、実はあの「色々物販」と取引するためだった。本当は、山下製品に売ってほしかったんだ。うちの会社は、製品を作るのが天下一品だと自負している。これまでも、人気商品をたくさん生み出してきた。しかし、今回は歴代製品の中で一番と言ってもいいほどのものが完成した。だから、有名企業と契約して、実店舗でも販売しようという話になったんだ。 そのために、日本で有名な山下製品に取引をお願いしに行った。担当の香川さんの印象はとても良かったから、無事に成立すると思っていたのに、まさか話がまとまった後に破棄されるとは思わなかった。 もう許せなかった。うちの製品は絶対に売りたいし、会社の知名度と俺の学歴だけで判断されたことに腹が立った。「絶対に後悔させてやる」そう決めて、すぐに山下製品のライバルである「色々物販」にお願いに行ったんだ。 色々物販さんは、うちの製品をとても高く評価してくれた。すぐに「契約販売したいから、納品してくれ」と言ってもらえて、今に至る。 「なるほどね。でも、それはあなたがバカにした会社の製品が売れているんですよ」 俺がはっきりと伝えると、山下さんは「そんなバカな話があるか!」と怒鳴ってきた。 「だって、お前は中卒だろ。そんな学歴の低い奴がいる会社に、いい製品が作れるわけがない」 「確かに、私には学歴はありません。使うのかも分からない難しい数学や、外国の歴史なんて、私には全く理解できないでしょう。しかし、うちの製品を作るのに、そんなものは必要ありません」 「ありえない!」 「あなたは学歴が全てだと思ってるんですか? どれだけ勉強ができても、発想ができなければ物作りはできません。それに、努力できなければ、完成度の高いものは作れませんよね」 それは、きっと山下さん自身も頭では分かっているんだろう。しかし、一度見下した人間や会社を認めるのは、プライドが許さないのかもしれない。 「俺は、あなたがうちの製品をどう思おうと勝手です。今後、あなたと話すこともないでしょう。失礼します」 そう言って、受話器を置こうとした。正直、とても忙しくて、彼と電話をしている暇はない。今すぐ仕事に戻って、生産と納品の準備をしなくてはいけない。うちは大きな会社じゃないから、人手が足りない。社員たちは、俺の電話が終わるのを待っているだろう。 「待ってくれ!」 受話器の向こうで、山下さんが叫んだ。 「今すぐうちと契約してくれ」 … Read more